If Time Concept Does Not Exist

*English is here.

時間という概念がない世界だとしたら、何を選択するでしょうか。どんな考えを持ちたいと思うでしょうか。何を感じていたいでしょうか。ふと立ち止まって考えてみると、新しい発見が生まれるかもしれません。私たちは時間というコンセプトを省いたらなんだってできると捉えてみるとどうでしょうか?

もし少しでも「ああ、本当はこれがやりたいんだけどさ~」とか「これをやる時間なくて~」というのがよく口から出ていたら、やっぱり立ち止まってみましょう。

たしかに、何か今やっていることと大きく違うことをしたいと思っていたらその乖離に惑わされて、そこまで行くには時間がかかるからその労力をかけるほどの価値はないな、という思考回路になっているかもしれません。でも、「時間」って何でしょうか?時間は「労力」をかけて使うものなのでしょうか?そして、自分の中で「したいこと」は「価値がない」のでしょうか?どうでしょう?

乖離があればあるほど、「変化の過程」があるのは当たり前だと思います。それを長いと思うか、短いと思うかは終わってみないと分からないので、始まる前の今はそれが「時間」としてどれくらいかかったのか予測すること自体できないことです。そしたら、そもそも「時間」って「したいことをしない」という理由になるのでしょうか?

ということで、時間の概念を外してみると、日々の喧騒に紛れ、目の前の「時間」に囚われた忙しさに追われることで、価値を失っているように感じて、無意識にか意識的に分厚いヴェールで隠してしまっていた「本当にやりたいこと」が少しずつ露わになっていくかもしれません。でも、すぐ見つからないことに焦る必要はないです。なぜなら、その作業をしている時点であなたは「本当にやりたいことを見つける作業」をしていて、見つかるまでの間はただただその「過程」にいるだけだからです。見つけるまでの「過程」を味わってみましょう。そしたら、いつの間にか「本当にやりたいこと」が言語化されていって、それが次の「本当にやりたいこと」になっていって、どんどんアップデートされていくのです。

最初のスタートはどこから始めましょうか。まずは「時間という概念がない世界にいたら何を選択するだろう」って考えてみるのはひとつの手段かもしれませんね!

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